Arch Linux の歴史

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初期

Judd Vinet (カナダ人のプログラマー、ときどきギタリスト) が2001年の早くに Arch Linux の開発を開始しました。最初の公式リリース、Arch Linux 0.1 は2002年3月11日に公開されています。Slackware, Polish Linux Distribution, CRUX のすっきりとしたシンプリシティに影響を受け、また、当時これらのディストリビューションにパッケージ管理が存在してなかったのに失望して、Vinet はこれらのディストリビューションと同じような方針で独自のディストリビューションを立ち上げたのです。彼は、パッケージのインストール・削除・アップグレードを自動的に処理する、pacman という名のパッケージ管理システムも書き上げました。

中期

フォーラムの投稿数やユーザー数、バグレポートの数のグラフから明らかなように、初期の Arch コミュニティは着実に成長していきました。さらに、Arch のコミュニティは早くから オープンでフレンドリで有益なコミュニティ として知られています。

A. Griffin 時代の幕開け

2007年の後半に、Judd Vinet は Arch 開発者として活発に参加することをやめ、円滑にアメリカ人のプログラマー Aaron Griffin (Phrakture) へとトップが移りました。今日に至るまで彼が Arch のリードデベロッパーです。

長年、Arch コミュニティは成長・成熟を続け、最近では小規模な Linux ディストロとしては考えられないほどの量の注目とレビューを受けています。

Arch の開発者は無給で、パートタイムのボランティアであり、Arch Linux をマネタイズする予定はありません。これからもあらゆる意味でフリーであり続けます。Arch の開発の歴史についてさらに調べたいという好奇心があるなら Internet Archive Wayback Machine の Arch のエントリ を見て下さい。

参照